:: 君のパワーと大人のフリ ::
「……馬鹿は風邪引かないっていうのに」
 そうか吾郎君実は馬鹿じゃなかったんだね。
 いかにも残念そうに溜息をつく寿也に文句の一つでも言いたかったが、身体が鉛のように重くて動かすのも面倒だった。うるせー、とだけ口にして、俺は重力に任せて身体を布団に沈める。
 さっき見せられたデジタル体温計は38度ちょっと。例年稀に見ぬ数字に俺自身が驚いた。完全に風邪、との寿也の判断は正しいらしく、ありえないぐらい身体も頭もだるい。
「でも、薬も飲めたし、頭と首も冷やしてるから大事はないと思うよ。泰造さんも何かあったらすぐに来てくれるって言ってたし」
 見たくもないオッサンの顔を思い出して余計頭が痛くなった気がする。あんなのに看病されたらと思うと気持ちが更に悪くなった。
 ていうか他に言うことはねぇのか寿也。大丈夫?とか優しく労ってくれてもバチは当たらないだろ。
 恨みがましく見た所で、
「当然だけど練習はできないよ」
 勘違いされただけだった。俺はそこまで野球バカに見えるのか!?さすがにこの状態で体力を使いたいとも思わないって。
「も、いいから。練習行けよ」
 やっとのことで声を出したら妙に掠れていた。それはともかく、もうすぐ練習が始まる時間なのに寿也は私服のままだった気がする。
 しっしっと手を振りながら、俺もう寝る、と付け足して目を閉じるけど部屋の気配は一向に消えない。むしろ、寿也の冷たい掌が俺の頬に触れて思わず目を開けた。
「寝るんじゃなかったの?」
 安眠妨害してんのはお前だろうが。
 上体を起こそうとしたけど失敗した俺に優しく笑いかけて、寿也はずり落ちた布団を掛け直してくれた。
 格好悪くベッドに戻った俺の、さっき寿也が指先で振れた部分には柔らかいキスが落とされる。
「寿」
「ここにいるから。何かあったら呼んで」
 まるでかあさんが昔熱を出して寝込んだ俺にしたように、寿也がゆっくり優しく、規則正しいリズムで肩を叩く。
 さっきまでとは違う態度に戸惑って、でもそれより寿也が間接的にだけど練習を休むと言ったことに驚いた。何よりも野球好きの寿也が俺のために練習を……とちょっと感動していると。
「本当は行きたいけど、監督に君の面倒見ろって言われたんだ」
「……」
 つまり自分の意思じゃないわけか。そうだよな、話がうますぎると思ったよ。
「俺は平気だっての」
「どこが。熱でおかしくなって暴れられるぐらいなら僕が練習休んだ方がいいからね」
「誰が暴れ……」
「泰造さんが看病に来たら?」
「……」
 勝ち誇ったような顔をした寿也を睨み付けた。


 だけど、ふと思う。寿也がいてくれて俺は嬉しいけど、こいつはそうじゃない。嫌々ながら付き合ってくれてる。なんでかそれに妙にむしゃくしゃして。
「悪かったな、バカなのに熱出して。そんで練習休ませちまって」
「吾郎君?」
「練習行けよ。俺は平気だしな」
 普段なら絶対に言わねえようなガキみたいな口調になった。急いで訂正しようと思っても、頭が上手く働かない。感情のままに俺は言葉を発してしまったらしい。
 バツが悪くなって、寿也から目を逸らして壁を向いた。
「……吾郎君てさ、本当にバカだね」
 けど、溜息をついた寿也の声は落ち着いていて、だるいと訴えかける頭を無理矢理そっちの方に戻す。
「嫌なら看病なんてしないさ。君じゃなかったら僕は練習に行ってた。吾郎君だから心配なんだよ」
 唇がふわりと俺の額を掠めた。目が合った寿也は優しく笑っている。
 やっぱりこいつには敵わねえなと呟くと、それは聞こえていたみたいで、当たり前だよと即答された。
「ごめんな、寿」
「熱に浮かされてたんだろ?」
 だから謝らないで。
 頬を撫でる冷たい指先が気持ちいい。もう一度、同じことを尋ねてみた。
「練習、行かなくていいのか」
「うん」
それだけのことなのに、ドロドロだった心が軽くなっていって、謝る代わりに礼を述べた。
「早く治して、一緒に練習しよう」
「ああ」
 自然と瞼が重くなってきて、俺はそれに逆らわず目を閉じる。
 吾郎君、と呼ばれたけど、その寿也の声は段々遠くなっていって、やがて聞こえなくなった。
「……君が他の人に看病されるなんて、悔しいじゃないか」
 夢の淵で聞こえたものが本物か、俺が後で問い詰めても寿也はただ笑うだけだった。



*
寿也は泰造さんに「いつでも呼んでね」と言われて悔しくなったのです。
寿也が風邪ひいて、吾郎が練習を休んだら一週間は口を聞いてもらえないと思います(笑)本当は嬉しいのに!


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