寿也の布団をかぶりった吾郎が手元のリモコンを触ろうとすると、横から伸びてきた手があっという間にそれを奪っていく。
「何すんだよ」
ピッピッという無機質な電気音が聞こえて、吾郎は止めろと眉をしかめた。リモコンの液晶部分の数字がどんどん下がっていく。それを阻止したいが、せっかく熱を持ってきた布団からわざわざ出たくない。
そんな吾郎の行動を寿也は全て読んでいるようで、目の前でひらひらとわざとらしく薄汚れた白い真四角の機械を晒した。
「暖房の温度は20度以上にしちゃいけないんだよ」
「何で」
不満げに聞き返したが、その間にもリモコンは明らかに吾郎から離されて置かれてしまった。
上から動くのも面倒だったので寿也のベッドを陣取ったのに、これじゃあ全く意味がない。
「温暖化防止策。授業で習っただろ」
そう言って笑った寿也は、実家から送られてきた厚手のセーターをジャージの下に着込んでいて、見るからに暖かそうだ。寒さに唸りながら、吾郎は恨めしげにそれを見やる。
「お前だけずるいっての」
「何か着れば?ジャージにシャツだけなんて季節間違えてるよ」
間違えてなんかないはずだった。なぜなら先程見掛けた三宅や泉だって同じ格好をしていたからだ。
選手達の部屋の作りは全て等しく、暖房器具の持ち込みは事故が起きてしまった時の責任問題になるので、基本的に禁じられている。
となると彼らの部屋だってこの暖房が働いていて、快適に過ごせているに違いない。
「だから、暖房の温度上げればいいだろ」
「……嫌だ」
埒が明かない会話に頭が痛くなってくる。でもこれだけは譲れない、だって寒くて本当に凍えそうなのだ。そう訴えかけても寿也は絶対に頷こうとはしない。
同じ一室に、他人が二人で過ごすには常にどちらか片方が妥協しなければならない。そんなことは吾郎も寿也も百も承知だった。
これでも恋人同士であるから、吾郎は一応気を使ってはいる。しかし、こういう所で譲るほど二人は大人ではなかった。
「愛は自然には敵わねえよな」
自分の失態に気付かぬまま、吾郎は布団に潜り込んだ。寿也は聞こえているのかいないのか、返事をしなかった。
部屋が沈黙に包まれて、それが妙に寒々しかったために吾郎は身を震わせる。
「吾郎君」
「……何だよ」
壁側を向いて暖をとっていると、不意に呼ばれた。
「ちょっとそっち寄って」
気怠げに振り向こうとすると、いきなり寿也が布団に潜り込んできて驚きのあまり言葉を失う。
「吾郎君って体温高いくせに寒がりなんだね」
やっとのことで状況を理解して、とりあえず落ち着こうとした。
健全な生活を送っていたため、こんな風に一緒の布団にいるなんて久しぶりなのだ。機嫌を損ねないためにもここは我慢するのが一番のはず。
だが、背中越しにぴったりと寄り添ってくる熱が寿也の体温だと思うと、寒さどころか吾郎の脆い理性でさえ吹っ飛びそうだった。
「……寿也、どーしたんだよ」
今まで寿也が自ら進んでくっついてくるなんて、悲しいことに一度もなかったし、全く想像もしていなかったから。
しかし、何でまた、こんなことに。ここで黙っていられるほど吾郎は人間ができていないことぐらい、傍らの寿也が誰よりも知っているはずだ。
そんな思いもいざ知らず、寿也はのんびりと息をついている。
「暖まった?」
その優しい声音に、やばい限界だと思う間もなく身体は正直に行動に移っていた。
「……寿」
低い声で名前を呼び、彼が一瞬怯んだ隙を見計らって向き合うように寝返ると、吾郎は寿也の真上に多いかぶさる。
「吾郎君」
毛布が寿也の横に落ちて少し音を立て、寒い空気が纏わりついてきた。けれども熱は覚めずに加速するばかり。
「もっと暖まりたい」
耳元で囁けば、目を丸くして寿也が吾郎を見上げてくる。沈黙を肯定の証と受け取り、ゆっくりと顔を近付けると。
「いっ……痛ぇぇ!!」
鼻の頭を突如酷い痛みが襲った。
誰の仕業かなんて確認する必要もない。二人きりなのだから。それなのに、あんなにいい雰囲気だったのに、何故。
尋常じゃない痛みに、寿也って握力いくつなんだと叫びたくなった。
やがて、痛みと共に手が放れて、気付けば寿也が毛布を巻き付けてベッドから出ていこうとしている。
「寿也、てめぇ……」
「強姦は犯罪だよ、吾郎君。僕は正当防衛したまでだ」
「いつもお前嫌々言いながら悦がってんじゃねえか」
「……吾郎君?」
それ以上言ったら殺すよ。
ポーカーフェイスを変えずに犯人は不敵に笑った。
「暖まる前に凍死しそうなことはしたくないからね。あ、冬は禁止でいいんじゃない?君も寒がりだし。愛は自然には敵わないんだし?」
「なっ……!誘ったのはお前だろうが」
「誘ってない。それにあんまり調子に乗るからだよ」
掴もうとした腕をするりと抜けていく寿也の背を、追いかけようとした吾郎がベッドから下りればターゲットは毛布を捨てて部屋から逃げ出してしまった。
やられ損、って言うのではないのだろうか。あそこまでしておいて、この仕打ちは一体何なんだろう。
「くっそ……絶対捕まえてやる!」
その後、互いに意地になって寮内で追いかけっこをした結果、寒いどころか汗までかくハメになるとは知らないままに、吾郎もまた部屋を後にする。