:: OH My Little BOY! ::
 一気にシーツを引き剥がして、寿也の顔は見る見る青ざめた。頬をつねるとちゃんと痛い。それはすなわち、これが夢じゃないのだという残酷な現実を突きつけられたということで。
「吾郎君、だよ、ね?これ……」
 これと称された少年は、ちゃんと着ていた服の袖で目をこすりながら「うっせーなー」と言った。いきなりたたき起こされたことが不満だと雄弁に語る瞳が、みるみるうちに嫌疑のまなざしに変わる。
「……あんた、誰だよ。つーか、ここどこ?」
 声変わり前の、少し低めのぶっきらぼうなアルトが寿也めがけて響いた。


 頭を整理するために、順序だてて状況を見直してみる。
 十一月半ば、吾郎が日本、もとい寿也のところへ一時帰国したのは昨日の朝のことだ。彼の帰国に合わせて、寿也も明日から一週間、自主トレのみと予定をたてていた。
 今年買ったマンションにて、色々してしまったあと、唐突に目が覚めて、寿也は気だるい体を引きずりながらシャワーを浴びる。
 めったなことがない限り気軽には会えないからなのか、吾郎はこういうとき、派手にというかここぞとばかりに寿也を抱く。この前は夜が明けるまで放してもらえなかったし、今回も正直言えば、身体中が痛くてたまらない。そんなことをした本人は、こっちのことなどいざ知らず、ベッドで気持ちよさそうに寝息を立てていて、思わず蹴っ飛ばしてやろうかと思ったぐらいだ。
 そんなことを考えながらのろのろと寝室に戻ると、寿也はベッドのふくらみが何かおかしいことに気づいた。
 それはどう見たってそれは百五十センチあるかないかで、たとえ吾郎が丸まったってそんな大きさには到底ならないだろう。
 じゃあ誰だ、ここにいるのは。
 ここで疑問に思った寿也の行動により、冒頭に戻る。


「……あんた、誰だよ。つーか、ここどこ?」
 妙に態度のでかい目の前の少年は寿也が知る吾郎、つまり九歳のときの彼よりは随分と大人びていて、けれどまだまだ身体も顔も幼さを残している。信じたくないけど、これはやっぱり吾郎なのかもしれない。
 そう思って尋ねると、少年は「そうだよ」と、さっきと同じようなぶっきらぼうな声色で返事をした。
「あんたは誰だって聞いてんだけど、オレ」
「僕?」
 どうやら少年――吾郎には、今の今まで致してきた記憶はないみたいだ。ならばここでうっかり「佐藤寿也」だなんてばらしてしまったら、自分でさえ状況が理解できないのに吾郎が余計ややこしくしそうな気がする。
「僕は寿也。ここは僕のマンション」
 ていうか僕、なんでこんなに冷静なんだろう。
 SFとか信じてないし免疫なんてないけれど(あったら逆に怖い)、今までの人生、突発事態にだけは慣れている。それのおかげなら、もしかしたらその突発な事態を引き起こす張本人に感謝すべきなのか。元に戻らなきゃ意味がないけど。
「としや?」
 尋ね返されたものだから、とりあえず頷くと、吾郎は「知り合いに同じ名前のやつがいる」と答えた。その知り合いって多分僕だと思う。ついでに会話の流れを自然にするため、そしてほんの少し、好奇心で「どんな子?」と尋ねてみた
 けれども少年は途端にいやな顔をして、首を振る。
「別に。あんたには関係ないだろ。それよりなんでオレはあんたの家にいるんだ?」
 そんなの僕が聞きたい。それで、できるならこの子は家に帰って、ついでに成長した彼を帰してほしいんだけど。
「君のお母さんと知り合いで、君を数日預かることになったんだ」
 とりあえず適当な言い訳を口にしてみた。多分普通の人間なら釈然としないだろう、矛盾だらけの理由だけど、多分吾郎なら大丈夫だ。細かいところ、絶対に気にしない。
「オレ、全然覚えてないし聞いてねーんだけど」
「疲れてたんじゃないの?」
 結構適当な受け答えだけど、相手はふーん、と呟いている。どうやら考えるのが面倒くさくなったらしい。やっぱり何歳だろうと吾郎は吾郎……あ、そういえば、歳を聞いていなかった。
「ところで、君は何歳?」
「十二。小六。あんたは?なんかすげー金持ちっぽいけど」
 吾郎はマンションを見渡した。殺風景な部屋だけど、セキュリティーだけは一級品のところである。でも僕なんかよりも全然君のお父さんのほうがお金持ちだと思う、と心の中で付け足した。
「二十四。だけど、一応野球選手だから」
「はあ?絶対嘘だ。オレあんたなんて見たことねーもん。あ、二軍どまりの選手とか?」
「……」
 寿也は思わず黙ってしまった。
 なんでこんな可愛くないんだろう。確かに寿也のことを知らないのは当たり前だし、こんな子供に謙遜しろとは言わないけど、何か違う。反抗期なのかと思うけど、あまりにも早い気がする。
 ああ、すっごい生意気。
「ま、一軍でも知らないか。野球、やめてから全然観てないし」
 さらりと吾郎は言ったから、驚いたのは寿也のほうだ。
「え……?今、野球、なんて言った?」
「やめたって言ったけど」
 彼の視線が右肩に注がれて、寿也ははっとした。彼は十二歳の夏、右肩を壊したのだった。でもだからって納得なんかできない。吾郎が言っていたことを思い出しながら、慌てて彼を問い詰める。
「で、でも、まだ左肩があるって、お父さんに言われたんだろ?」
「何でそんなこと……。あ、てめえもしかして親父のサシガネか!?オレに野球やらせろって言われてんだろ!」
「言われてないけど君が野球してなきゃものすごく僕が困るんだよ!」
「はあ?意味わかんねー」
 互いに引かない性格のおかげで、ひとしきり喧嘩腰の言い合いが続いたあと、何やってるんだろう僕、と寿也はふと我に返った。吾郎は未だ戦闘体制のようで、こういうところは年の差なのかなあと思ったけど、さっきまでのことを考えるとあまり言えたものではない。
 吾郎にしてみれば、今日いきなり知り合った他人に肩のことをごちゃごちゃ言われたのだ。一番辛いのも苦しいのも吾郎なのに、何偉そうにしてるんだろうと、寿也は素直に頭をさげた。
「えっと……その、ごめん。吾郎君」
 これじゃ駄目かなと様子を伺うと、意外にも吾郎に怒った様子はない。
「やっぱ似てる……」
 脈絡がないことを、寿也をじっと見ながら口に出しただけだった。
「え?何の話?」
「な、なんでもねーよ!オレ、もう寝るからあっち行け」
 切り替えの早さに寿也が呆然とする間もなく、小さな吾郎はベッドにもぐりこんで、もう一度「あっちに行け」と寿也に命令する。耳まで真っ赤だ。一体何があったんだろう。
「そこ、僕のベッドなんだけど。……もう寝てる」
 この家には色んな意味でベッドはひとつで十分だった。もちろん客用の布団なんてあるわけもなく。
「ソファーって、背中痛くなるんだっけ」
 スポーツ選手としてあるまじき行為だと思いながらも、寿也はベッドから自分の枕を抜いてリビングへと向かった。
 願わくば、寝て起きて、吾郎が元の姿に戻っていることを。



*
すっごい趣味なお話です。本当は逆(寿也がちっさくなる)だったのに、それだと年的にシリアスな気がして変更。小六吾郎は野球ができないせいもあり、ちょっとすれてて生意気で俺様が入ってればすごくかわいい(ここ重要)と思います。

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