「……あのさ、これ、何?」
「オムレツだよ」
真っ白な皿の上に置かれた、真っ黒で形の歪な物体は「オムレツ」と呼ばれるらしい。形はともかく、吾郎が知るオムレツとは確か黄色だったような気がした。しかし、目の前でそれを差し出した寿也に「失敗したのか?」と軽々しく口にしたら最後、どうなるかなんて全く予測もつかない。大体そんなことが出来る人間がいたらある意味チャレンジャーだと思う。なんてったって触らぬ佐藤に祟りなし、という、誰が言い出したのか知らないが海堂高校野球部にこんな暗黙のルールを作った男だ。吾郎はそれをこの間薬師寺経由で聞いたのだが、心の底から納得できたことに少々悲しみを覚えた。
オムレツと言っていいのか分からない料理をつつきながら顔が不自然に引きつる吾郎がそっと寿也を盗み見る。すると意外なことに、いつも料理をしたあとは自信満々に微笑んでいる彼が心なしか申し訳なさそうに俯いていた。
「……やっぱり食べれないかな?」
やっと気付いたか。
その言葉はあまりにも珍しい寿也の表情のせいで発することができない。それどころか何としてもこの物体(吾郎はこれをオムレツだと思うことをやめていた)を食べてやりたいと思ってしまい、もう俺も末期かもしれねーなと苦笑した。
「いや、寿がせっかく俺のために作ってくれたんだし。ちゃんと食べるよ」
「でも失敗作だから……」
「そんなの関係ない……ってお前今、失敗って言ったか?」
「これが君には成功に見えるわけ?」
「……」
吾郎は思わず黙った。寿也に「見えない」と言うことが怖かったからだけではない。
「寿也……」
東京タワーよりもかなりプライドが高いと思われる寿也が料理において失敗を認めるなんてあまりにも信じられなかった。
明日は雪でも降るんじゃねえか?まだ春になったばっかりなのに。
「今までごめんね、吾郎君。変な料理ばっかり食べさせちゃって」
「ど、どうしたんだよ寿。今日はらしくねえぞ?いつもはそんなこと全然言わないだろ」
「……君は優しいね。だから、僕頑張ることにしたんだ。吾郎君のために」
照れ笑いを浮かべる寿也はもう犯罪並に可愛いのだが、何となく嫌な予感がするのはなぜだろう。
「何だって?」
そっとテーブルの上に差し出された、雑誌サイズの薄い本を見て吾郎は絶句した。
ピンクの表紙にもっと濃いピンクで描かれたタイトルは、「初心者だって絶対に失敗しない!カレの心を掴む料理百選」。そっとページをめくってみると、これ以上ないくらい分かりやすくオムレツの作り方が載っていた。これでここまで失敗できる寿也って一体……。
「絶対に失敗しないって嘘だと思ったんだ」
「……まあ、これじゃなぁ……」
とりあえずこれに懲りて料理をやめてくれればいい。吾郎のほうがそれに関しては何倍も上手かったので、何とかしてでも諦めてほしいのだ。
「でも、きっとこの世には絶対なんてないんだよ。『確実』を『絶対』にする努力が必要なんだよね!」
「…………寿、悪いけど言ってる意味が分かんねーんだけど」
もともと頭が悪いのは自分でもよく分かっている。けれどそれだけじゃない。寿也の言葉に、吾郎の野性の勘がやばいと叫んでいた。
「うん、だからね、僕は失敗を認めることにしたんだ」
ほら、失敗は成功のもとって言うだろ?
「……料理を続ける、ってことか?」
「当たり前だよ。今度は吾郎君をあっと言わせてみせるから楽しみにしててね!ということでこれ食べて」
にっこり微笑んで、鼻歌混じりにキッチンに向かった寿也はかなり上機嫌そうだ。それを見送りながら、吾郎は箸で黒く焦げた物体をつつく。まさか初めての失敗から全く進歩してないなんて口が裂けても言えるわけがない。
「……食わせないんじゃなかったのかよ、失敗作は」
でもまあ、惚れた弱みなら仕方ねえかと吾郎は苦笑してその物体を口にした数秒後、洗面所に駆け込んだ。もう二度と寿也に料理だけはさせないと誓いながら。
*
すいませ……ん。
ばかっぷる。