埒が明かない言い争いに終止符を打つために、吾郎は今までの会話の流れで、たったひとつだけ触れられなかったものに切り込んだ。
「……お前の本当の気持ちはどこだ、寿也」
ひゅっと息を呑む音が聞こえ、そのあとはむなしい沈黙だけが部屋の空気を支配する。
いつまでも口を開かない寿也に焦れて、吾郎はさらに一歩踏み込んだ。
「世間様なんざ後回しだ。それより俺は、お前がどう思ってんのか、それだけ知りたい」
互いに真剣に睨むように見合っていたが、先に目を逸らしたのは寿也のほうで。
やがて、小さな声で、「知ってたんだ」と告白した。
「……何を?」
「君の気持ち。知ってて、僕は君からずっと逃げていた」
返す言葉が見つからなかった。
知っていながら、どうして逃げたりしたのか。
「ごめん。怒ってるなら、殴ってくれて、かまわないから」
更に寿也はそんなことを続けて吾郎を射抜いた。あまりにも迷いのない強いまなざしで、だ。
それを見て、いっそう悔しさが増す。どうしてこう強情なのか。どうして言ってくれないのか。嫌いなら嫌いだと罵倒してくれるだけでいいのに。
「……マジでやるぞ。手加減、出来そうにねーから」
段々と怒りが湧いてきて、思わずそう、口にしてしまった。
「いいよ」
動揺しない代わりに、寿也は目をぎゅっと瞑る。
彼はずっと、自分の気持ちを言うことを上手に避けていた。やっと今、ようやくその一部を口にしたけれど、肝心の気持ちはまだ聞いていない。
なら、何が何でもこいつの本音を引きずり出すまでだ。
少しも迷わず、吾郎は寿也に強引に唇を寄せる。
三度目のキスだった。
「……っ!?」
驚いたように目を見開く寿也と、視線と唇を絡ませたる。肩を剥がそうともがく腕が邪魔で、触れていただけの部分をわざと舐めてやると、途端に力が抜けた。
「何でそんなに驚いてんだよ?知ってたんだろ。なら話は早いじゃねーか」
これ見よがしな音を立てて唇が離れると、何が起こっているのか理解できないとでも言うような、混乱したように呆ける寿也がいた。
「前に言ったよな、俺、お前のこと絶対後悔させねえって」
逃がさない。絶対にもう逃がしたくない。
無防備な身体に手を伸ばして、引き寄せた。力一杯抱きしめる。
抵抗するかと思ったけれど、寿也は意外と素直で、胸の中にすっぽりと納まっていた。
「……君はいつか後悔するかもしれない。そのときには、もう、遅いんだよ?」
弱々しくくぐもった声がする。顔は見えなかった。もしかしたら、泣いているのかもしれない。それぐらい、寿也の身体は震えていた。
「いつかのことなんて分かんねえよ。なあ寿、俺から逃げないでくれ。お前の気持ちが聞きたいんだ」
腕にこめた力を強くすると、大人しかった彼の身体が少し動き、たどたどしく吾郎の背中に手が回された。そして、その指先が縋るように背中に食い込む。決して強くないけれど、そこは切り裂かれるような痛みを伴った。
「好きだよ。好きなんだ。吾郎君のこと、すごく」
「寿也……」
涙声で、小さく彼が胸のうちを吐露する。
「でも、置いていかれるのが怖かった。そのせいで、君を引き止めてしまうかもしれない。それだけは嫌だったんだ。それぐらいどうしようもなくて、何度も忘れようと思った。でも、結局出来なかった」
そんな葛藤をひとり繰り広げていたなんて、知らなかった。
けれども何もしてやれなかった自分を悔やんでいる暇なんてない。寿也にもう一度手を伸ばせるのは、今しかないのだ。
ごめんなさい、と幼子のように繰り返し謝る寿也の頭を撫でながら、吾郎は優しくささやいた。
「出来なくてよかったぜ。そんなことされたら俺悲惨じゃねーか」
やっと聞けた寿也の本音は、自分にとってとても嬉しいもので、両想いになれた実感がふつふつと湧きあがってくる。
そう、嬉しいはずなのに、なぜだか泣きそうになって、慌てて吾郎は寿也の髪に顔を埋めた。シャンプーの甘い香りがふわりと漂う。
「吾郎君?」
「なんでもねーよ」
しばらくそうやって抱き合っていたのだけれど、寿也が腕の中から抜け出そうとしたことを契機に手を離した。それと同時に彼の身体の感触がなくなっていく。
けれども今までよりもとても近くで、少しだけ赤くなった寿也と目が合った。それがとても久しぶりのように感じられるのは、たぶん長い間、自分と寿也は向き合うことすらまともにしていなかったからかもしれない。
手を伸ばせば簡単に届いてしまいそうな距離で、寿也の、今まで見たどんなものよりも綺麗な笑顔に目を奪われた。
「寿也、キスしていいか?」
気づいたら自然とそう口走っていた。寿也が声をひそめる。
「今まで、一度もそんなこと言わなかったよね?」
「うっ……」
悔しいけれど何も言葉が出てこなかった。そんな吾郎を見て、寿也はいっそう笑みを深める。そして一歩前に近づいてきて、次の瞬間、ふわりと唇が重なり寿也が微笑んだ。
「……仕返し」
*
やっとくっつきました。でもまだ一話残っていたりします。
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